踏切の部屋

私が初めて踏切に興味を持ったのは中学2年の頃で、当時名鉄には数多くの”電鐘”(でんしょう)という鐘を叩いて音を出す旧式の踏切が存在していた。しかし平成15年10月現在ではこの方式の踏切を使っているのは廃止予定の三河線の過疎地域だけで、平成16年3月31日に同線の廃線によって名鉄の電鐘は全滅した。

電鐘式踏切(機械式踏切とも呼ばれる)は一つ一つ微妙に音が違い、「カンカン」と鳴るものもあれば「コツン・コツン」と元気なく鳴る鐘もある。
またいきなり鳴るのではなく、少しずつ鳴るのも面白みの一つ。さらに鳴り終わりもいきなり終わるのではなく、余韻を残して鳴り止む等聞いてて飽きない。

ではまず踏切の種類からお話しよう。踏切には大きく別けて次の3つのパターンがある。

1.第1種踏切

自動踏切遮断機を設置するか又は踏切保安係を配置して、遮断機(サオ)を閉じ道路を遮断するもの。

2.第3種踏切

踏切遮断機は設置されていないが、踏切警報機は設置されているもの。

3.第4種踏切

踏切遮断機も踏切警報機も設置されていないもの。(”止まれ・見よ”の踏切)

また以前は、一定の時間をかぎり踏切警手を配置してあるという”第2種踏切”というのがあったが、現在日本にはない。
第1種踏切については,自動警報機と自動遮断機が設置されている第1種甲といい,踏切保安係が遮断機を扱う第1種乙いう。第1種乙は名鉄神宮前近くの踏切でまだ残っている。

第1種踏切。踏切警報機と遮断機(サオ)が付いている。三河(山)線の三河広瀬付近の踏切。
第3種踏切。警報機のみの踏切。三河(海)線のどこかの踏切。名鉄では着実に姿を減らしており、まもなく第3種踏切も全廃になると思われる。
第4種踏切。”止まれ”の標識のみ。三河(山)線の西中金付近。

平成13年9月に廃線された、谷汲線や八百津線にも第4種踏切があったが、現在名鉄では西枇杷島付近の名古屋本線と犬山線のデルタ区間にしかない。


名鉄では電鐘踏切は全滅してしまったが、平成14年6月までは揖斐線の美濃北方以降にも多くの電鐘踏切が残っていた。
同区間は単線であるものの片道15分間隔で運行されており両方行合わせると7分30秒に一回電車が通るので電鐘の音を聞くのが容易だった。ちなみに三河線の電鐘踏切使用区のダイヤは1時間に1本なためなかなか鳴ってくれなかった。

電鐘時代の黒野駅近くの踏切。平成14年4月撮影。
電子音踏切化直後(ってか聞くところによると私がこの地に着く数時間前に交換したらしい・・・)の黒野駅付近の踏切。平成14年6月撮影。微妙に黄色の交通安全の旗が色あせている。
”鐘”の代わりに制御基盤でも入っているであろう黄色い箱が乗っかった踏切。当日交換だけありピカピカに光っていた。名鉄の踏切はこのような黄色い箱が乗っかっている。また名古屋臨海鉄道も同型のを使用。
名鉄美濃町線の踏切。この路線は軌道線のため速度が遅く電車が来る寸前に踏切がようやく作動するというものもある。
撮影場所は白金駅。電車が踏切にさしかかるまでもう数メートルだというのに踏切の遮断機は動作中。電車が出発してから踏切が動作するらしく、遮断機が下がるまで電車は速度を落として(約5km/h)待機!!気が早い運転手だと・・・・もうお分かりですね(笑)


◎名鉄以外の電鐘、電鈴踏切◎


名古屋臨海鉄道の電鐘。この電鐘は平成に入ってから製造されたらしいです。かなり新しめな電鐘。
同じく名古屋臨海鉄道の踏切。手前は電子音式のに交換されたのに奥の踏切は電鐘のまま。ちなみに名古屋臨海鉄道の殆どの踏切は第3種踏切です。

豊橋鉄道渥美線の踏切。こちらは電鐘ではなく”電鈴”と呼ばれるタイプ。電鐘が「カンカン」に近い音なのに比べ電鈴は「チンチン」に近い。豊橋鉄道渥美線は電子音踏切化されているのにここだけ(終点三河田原近く)電鈴のまま残っている。なんでだろう??
近くに金物屋さんがあるからかなぁ??理由を知っている方は教えてください。

三岐鉄道で使用されている電鈴踏切。当日はデジカメの調子が悪かったためこの失敗作しか撮影できませんでした。いつかリベンジしてみせます(笑)
なお、写っている電車は西武鉄道より譲渡されたものです。
2004年4月7日


◎名鉄資料館に展示されている電鐘・電鈴◎


名鉄資料館においてある踏切の鐘の種類。
一番手前が”鉄製”で昭和58年頃まで製造されており、真ん中の白いのが”アルミ製”。一番奥が”砲金製”だったような・・・ちなみにアルミ製は平成2年まで製造されていたそうです。
音的には鉄製のが一番響きいい感じの音で、アルミ製は響きが悪く”カン”ではなく”コン”という感じの音がします。音としては比較的高めな感じです。最後の砲金製の鐘は昭和28年頃まで製造していたらしく音は低めで”ゴ〜ン”とどちらかというとお寺にある鐘みたいな音がします。
やっぱり鉄製が一番!!

同じく資料館においてある電鐘。昭和30年代製で、点検蓋裏には昭和62年1月に点検したとの記述がありました。

同じく資料館に置かれていた電鈴。
京三製なのですが、実際に名鉄で使われていた記憶は全くありませんし、写真でも見た事がありません。一体どこで使われていたのでしょう??
ひょっとしたら国鉄との共同踏切で使われていたのかもしれませんね。


平成14年の11月岐阜工場で鉄道バザーが行われ、オークションも同時開催されました。
私が欲しかったのは”電鐘”。前日営業部に電話をし、どんなものがあるか調べておきました。これの更に1年前にも明智駅でバザーがあったのですが、所用で行けず今回こそはと意気込んで行きました。
電話によると電鐘は2つ置いてあるとの事。しかも1個30,000円!!高すぎ!!いらいら。
でもど〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜しても欲しかったので購入しました。
明智で行われた時は1個1万円だったのに今年は何で3万なのでしょう?
これが原因で名鉄に対し不信感が強く沸き名鉄離れしたんですけどね。買った事は後悔してないし、My電鐘の音も気に入っているんだけど、3万円はやっぱおかしい。って思うなら買うなって言われそう(笑)
ちなみに家庭用の電源で鳴るようになってます。My電鐘は1分間に105回のテンポで鳴り、余韻(電源を切ってから鳴る回数)は4〜5回程。

自宅に着いた電鐘。想像以上に大きく高さは70センチ位あり、重さは60キロ位あります。とりあえず倒れないように紐で固定した後の写真。ちなみに自分の部屋に置いてあります・・・。
製造版部分のアップ写真。内容は・・・・・
”踏切警報電鐘”  No.193613  形式 M−2 周波数 50〜60 
電圧 105 電流 1.5A 閃光電 10V
昭和44年2月製造  (株)京三製作所
電鐘の点検蓋を開けるとこんな感じです。歯車の回転により、踏切のランプの制御までちゃんと行えるようになっています。
電鐘踏切のランプの光りと音が同調しているのはこのためです。
鐘を取り外した時の写真。虫の死骸が沢山あったけど綺麗に掃除しました。
鐘を叩く部分。この鉄球(?)が鐘を突き上げるみたいな感じで叩いています。ちょうど点検蓋の真後ろにこの部分があります。
鐘。これだけでもそれなりの重さ。ってかこの鐘ってどうやって造るんでしょうねぇー。型に鉄を流し込むと思うのですが。しかし鐘毎に音が違うのは何ででしょう??

My電鐘の置き場は前述のとおり、自分の部屋。汚らしい姿にしておくのはちょっと良くなかったので塗装することにしました。


塗装中の踏切警報電鐘。このあとしばらく部屋はペンキの匂いに包まれてました。
1週間経ちペンキが乾いたようなので組み立て直された踏切警報電鐘。
すぐ後ろにピアノがあり、保護色になってしまうためこの角度から撮影。
第4種踏切板。3500円なので買いました。当初、庭に置いておく予定だったのですが、サビついてしまう事が予め予想されたので屋内(ってか自分の部屋)で保存してあります。近くには電鐘があるのである意味第3種踏切に格上げでございます!!
サオはその辺の竹を切って造ろうかなぁ(笑)



2003年11月9日に市ノ坪で行われた鉄道バザー。
今回はアルミ製の電鐘も売られていました。
値段は昨年と同様1個3万円。2個で5万円とのことです。
昨年は2個のみでしたが、今年は6個も置いてありました。さて、売れたのでしょうか??


アルミ製の電鐘。製造年は昭和62年。音は鉄製に比べて響きが悪く曇った感じの音であまり良くないと思いました。
鉄製の電鐘。昭和40年代のものでした。
電鐘に興味を持っている人はたくさんいたのですが値段が高価な為買っている人は見かけませんでした。



2005年2月24日追加!


新たにページを作る程ネタがなかったので2003年11月以降に撮った踏切写真をアップします。


2003年10月に行われた5500系の3重連の時に撮影。
なんと踏切の片方のランプが球切れになっていました。木曽川堤の踏切で撮影。
愛知県の日進市内には鉄道の忘れ物屋があり、そこの駐車場には電鐘踏切(鳴らないと思う)が
置いてあります。店のおばさんの話では店主がどっかから仕入れてきたとのことでした。
少なくとも昭和の末期にはここに踏切が置いてありました。ここの近くには農協があり、祖母に連れられる度に「何で電車が無いのに踏切があるんだろう」という疑問を抱いていました。

国鉄の踏切かと思っていたのですが・・・
電鐘の裏側を見て、名鉄の電鐘ぽく見えてきました。何か踏切番号が書かれているあの白いステッカーみたいな跡があります。
名鉄の踏切警告灯の縁は四角形になっているのが多いですが、昔は他鉄道の踏切同様、円型を使用していました。その円型の踏切警告灯がいつまで存在していたのかは不明ですが、鉄道系の図書で昭和60年に撮影されたもので、円型の踏切が写っていたので名鉄の電鐘だったとしても時期的にはおかしくないと思う。
三河線(海線)の電鐘踏切とキハ30形。
こちらは鉄製の電鐘のようだ。
こちらは三河線(山線)の電鐘踏切。昭和60年製のアルミ製の鐘。
廃線直後の同踏切。この時は黒い布が破れておらず、鐘が見えなかったが、数日後に再度訪問した時は、破れてしまっており電鐘がひょっこりと顔を出していた(笑)
2004年5月2日に行われた鉄道バザー。電鐘の本体は残念ながら出品されませんでしたが、鐘の部分は出品されていました。しかも1個1万円・・・。
高すぎ。いらいら。
安鉄駅長と私は結局何も買わなかったような・・・。
みよでんさんは横浜から来てくれました。お疲れ様です。
名古屋市交通局赤池車庫の敷地内には立派な第3種電鐘踏切があります。しかしこの踏切をとおる電車は少ないので1日に数回鳴るだけのようです。

ちょうど車庫の上に公道がありそこからも見る事ができます。

 N−152様ご提供
頑張って銘版まで撮影していただきました(笑)
昭和52年11月に製造されたものです。
電車が赤池まで開通したのは昭和53年10月1日なので赤池車庫開業当時からある電鐘踏切ということになります。

昭和52年頃の電鐘踏切はアルミ製は無いと思い込んでいたのですが、この予想は崩れました・・・。
ひょっとしたら鐘の部分だけ交換されたのかもしれませんねぇ・・・。

 N−152様ご提供
福井の方へ廃バス探索に出掛ける事になり、同行させていただきました。その時に電鈴踏切があったので電車を待ってみる事にしました。
いい音でしたが、やっぱり電鐘の方が好きです。
余韻なく終わってしまいましたし・・・
2004年11月、市ノ坪にある岐阜工場にて鉄道バザーが行われました。
岐阜線区の600V区間が廃線になるとこの岐阜工場も閉鎖されてしまうのでこの地での鉄道バザーは今回が最後となることでしょう。
去年の売れ残りっぽい電鐘踏切が4つ(うち2つがアルミ)売られていましたが、私の番になった頃には全て売り切れになっていました。同じ人が全て買い占めたようですが、そんなに買って何に使うのでしょうか?
さらにうち1個は壊れていたっぽいのですが、その後どうなったのでしょうか?
名鉄桜駅付近の踏切。
名鉄の踏切といえば電球式で縁が四角のが一般的である。
しかしここの踏切は何故か縁が四角い電球式のランプをLED式に改められていた。
このタイプの踏切は名鉄ではまだ珍しいが、そのうち増えることだろう。






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壁紙解説
三河線の西中金付近で使用されていた第4種踏切板

完成日
2004年2月10日

最終更新
2005年2月28日